真の愛

愛には大きく3種類あります。エロス、フィロス、そしてアガペの愛です。エロスは男女間の肉体的な愛を意味します。フィロスは友人や兄弟間の精神的な愛を意味します。最後のアガペは絶対的で献身的な愛を意味します。価値観によって個人差はあるかもしれませんが、一般的に人はエロスよりもフィロスを、さらにフィロスよりもアガペに憧れます。

その理由は、エロスの愛は自己中心的で、一時的で、変化するものなのに対して、アガペの愛は相手中心で、絶対的で、不変なものだからです。「本当の愛、真実な愛をしてみたい」という言葉の中には、このような絶対的な愛を経験してみたいという意味が込められています。

実はこのアガペという愛の概念はキリスト教から来ました。アガペはこの宇宙万物と人間を創造された神の愛、人間の裏切りと罪にも関わらず、その人間のためにご自分のいのちを捨てられたイエス様の十字架の愛を意味します。

人は自分の存在理由、生きる理由、そして人生の目標についていつも悩みます。自分はどこから来てどこに行くのか、真理とは何か、なぜ生きているのかを、私たちの魂は問い続けます。これはアガペの愛、つまり私たち人間を造られた方の愛、そして私たちのために死なれたイエス様の十字架の愛を受け入れれば、すべて解決されるものです。私たちを造られた神様の存在と愛を認めるなら、自分の存在理由が分かるからです。自分の存在理由が分かれば、生きる理由や人生の目標が分かります。なぜ生きなければいけないのかが分かります。そうすると真の自由と幸せを感じます。聖書はこれを真理が与える自由だと表現します。

新約聖書のコリント人への手紙第一13章では、アガペの愛をこのように定義しています。
「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます」(コリント人への手紙第一13:4~7)。

このような愛を実践された方がおられます。イエス・キリストです。イエス様は私たちを愛しておられるため、私たちのすべてを受け入れ、親切で、謙遜な方でした。ご自分の利益を求めず、私たち人間のために十字架の上でご自分のいのちを捨てられました。約2千年前の出来事です。しかし、その愛は今も現在進行形です。イエス様は今も天上で私たちを見守ってくださっています。今も私たちを待っておられます。アガペの愛、絶対的で変わらない愛を与えるためです。その変わることのない愛をぜひ受けてください。愛します。

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