イエス様の心を抱く

思いが変われば考えが変わり、考えが変われば言葉が変わり、言葉が変われば行動が変わり、行動が変われば習慣が変わり、習慣が変われば人格が変わり、人格が変われば人生が変わります。変化の出発点は私たちの心です。心は私たちの考え、言葉、行動、習慣、人格、そして私たちの人生を変える鍵です。

人生に大きな影響力を及ぼす私たちの心は、個人の人生だけでなく、教会という霊的共同体にも大きな影響を及ぼします。私たちはどのような心をもって、神様が立てられた美しい教会の信仰の兄弟姉妹に接し、信仰生活をするべきなのでしょうか。

聖書は次のように記録しています。「一致を保ちなさい」「同じ愛の心を持ちなさい」「心を合わせなさい」「志を一つにしなさい」「へりくだって互いに人を自分よりも優れた者と思いなさい。」これら命令は、私たちの心に関するものです。同じ心、愛の心、一致の心、謙遜な心を持つように命じています。

教会で神様に礼拝するときにも、信仰の兄弟姉妹を励ますときにも、苦しんでいる隣人を助けるときにも、私たちが守るべきことは、愛の心、謙遜な心、一致の心を抱くことです。主の共同体である教会の中でも、何をするにしても自己中心や虚栄ではなく、へりくだって互いを自分よりも優れていると考えて行わなければなりません。私たちが一致しないなら、互いに愛さないなら、高慢の心があるなら、早くそれを心の中から取り除く必要があります。そして、一致の心、愛の心、謙遜の心を持つ必要があります。なぜでしょうか。私たちの心によって、結果的に教会が変わるからです。

しかし、一つの心、愛の心を持つのが難しいときもあります。一致が難しいのは、ある意味当然です。私たちは互いを知らずに数十年間生きてきました。それぞれ異なる成長背景と価値観と性格を持っています。だから、教会の働きをして行くときにも、異なる意見によって葛藤し、時には傷つく場合もあります。そして、悪魔はそれを利用して教会を分裂させようします。

このようなとき、私たちはさらに心を一つにしなければなりません。一致できない心を一致の心に、憎しみの心を愛の心に、高慢な心を謙遜な心に変えなければなりません。そのためには、私たちはイエス様の心から学ぶ必要があります。イエス様は一つの心、愛する心、謙遜の心を持たれる方です。いや、イエス様は愛と謙遜そのものです。イエス様は全能なる神様でした。この世を創造され、万物を治める方でした。何でもできる全能者でした。いと高き権威と威厳を持たれたイエス様は、神様のすべての力と権威を持っておられました。しかし、イエス様はそれを自分に属するものとは考えず、ご自分の権威と威厳と力をないものと考えられたのです。そして、私たち人間と同じ弱い体を着てこの低い地に来られ、私たちのすべての罪を負って十字架の上で死なれました。

このイエス様の謙遜と愛の心を思い出すなら、謙遜と愛を持ちやすくなります。謙遜と愛の心が出発点になり、 私たちの考え、言葉、行動、習慣、人格、人生、そして私たちが属する教会や職場が愛で満たされ、一つになる恵みがありますよう祝福いたします。愛します。

 

0