聖書が示す教会の正しいリバイバル

 イエス様が昇天された後、聖霊様がイエス様の使徒たちと弟子たちの上に臨み、驚くべき神様の御業が現れました。イスラエルにいるユダヤ人だけでなく、各地に散っていたユダヤ人と異邦人も福音を聞いてイエス様を信じるようになりました。イエス様を信じる人々が増えるに伴い、使徒たちはさらに忙しくなりました。彼らはイエス様の御言葉も教え、祈り、礼拝に来た人々のために食事も準備して配らなければなりませんでした。忙しかったため使徒たちが食事を平等に配れず、これに不満を持った人々により共同体内に葛藤が起こりました。十二使徒たちは弟子たちを呼び、こう語りました。「そこで、十二人は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。『私たちが神のことばを後回しにして、食卓のことに仕えるのは良くありません。そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵に満ちた、評判の良い人たちを七人選びなさい。その人たちにこの務めを任せることにして、私たちは祈りと、みことばの奉仕に専念します』」(使徒の働き6:2~4)。

 奉仕のために7人が選ばれ、使徒たちは祈って彼らに按手しました。選出されたこの7人が初代教会初の執事たちです。彼らは使徒たちの代わりに熱心に仕え、使徒たちはイエス様の御言葉を研究して教える奉仕と祈りに専念しました。その結果、エルサレムにリバイバルが起こりました。イエス様を信じる人が益々増え、頑なな祭司たちもイエス様が神様であることを信じる御業が起こりました。「こうして、神のことばはますます広まっていき、エルサレムで弟子の数が非常に増えていった。また、祭司たちが大勢、次々と信仰に入った」(使徒の働き6:7)。

 この「使徒の働き」の本文から、正しい教会のリバイバルに関して学べます。1つ目に、教会は神様の御言葉によってリバイバルが起こるべきです。神様の御言葉を聞いて学び、神様の御言葉が真理で、蜜より甘く、いのちであり、その御言葉が人間になってこの地に来られた方がイエス様であることを信じる人々が教会の中で増えなければなりません。これが真のリバイバルです。だから、牧会者は使徒たちが御言葉の奉仕に専念したように、熱心に御言葉を研究して伝えなければなりません。牧師は聖徒たちが神様の御言葉を心と霊で受け入れられるように十分に説教を準備しなければなりません。教会が聖書ではなく他のもので人々の興味を引き、未信者たちを教会に集めることもできます。美味しい食事、音楽コンサート、マジック、レクリエーション、認知症予防プログラムなどを開いて人々を集めることも出来ます。しかし、このようなもので起こる教会のリバイバルは、真のリバイバルではありません。食事はレストランに行けばもっと美味しく食べれます。TVやインターネットで素晴らしい音楽コンサートも楽しめる時代です。健康プログラムも多くの福祉施設で行われています。だから、教会が世のもので人を集めることは単なる集会に過ぎず、時間が経てば教会はより良い世のものを求めて離れていった人々によって寂しくなります。だから、教会はただ神様の御言葉によってリバイバルするべきなのです。

 2つ目に、教会は祈りによってリバイバルするべきです。祈りとは何でしょうか。神様の恵みと聖霊様の導きと助けを慕い求めることです。教会は人の知恵と知識、各種のプログラムではなく、聖霊様の助けによってリバイバルするべきであり、そのために必要なものが私たちの祈りなのです。

 私たちの教会の真のリバイバルのために牧師である私は御言葉の奉仕と祈りに専念することにします。このために皆様にお願いする一つがあります。それは使徒の働き6章3節にあるように、御霊と知恵に満ちて評判の良い人として認められ、教会と地域に仕えていく執事になってください。信仰によって宣言したいと思います。神様が皆様を初代教会のステパノ執事のように立たせてくださると信じます。神様が足りない牧師である私を強くつかみ、御言葉と祈りの奉仕に専念するしもべとして成長させてくださると信じます。そして、この地域に神様の御言葉が益々広まり、イエス様を信じる人の数が非常に増え、大勢の人々がイエス様のもとに戻り、教会が真のリバイバルを迎えるようになると信じます。愛します。