聖書が語る家庭の秩序Ⅰ:妻たちよ。自分の夫に従いなさい。

 聖書はイエス様が教会の主人であるように、夫が妻の主人だと語ります。聖書には「妻たちよ。主に従うように、自分の夫に従いなさい」(エペソ人への手紙5:22)と書かれています。「従順」と「服従」を美徳のように認める時代もありました。ところが、絶対性と全体性より、相対性と個別性を尊重する時代になってからは、「従順」と「服従」は「権威主義」という枠にはめられ、人々はこの単語に否定的なイメージを持つようになりました。

 実は、権威に挑戦する人間の歴史は、神様が人類最初の人間であるアダムとエバを創造された時から始まりました。サタン(悪魔)は、神様が食べてはならないと命じた善悪の知識の木の実を食べると神様のようになるとエバを誘惑しました。この誘惑に落ちたエバは、神様の命令に逆らってそれを食べてしまいました。神様のようになりたいと考え、神様の権威に挑戦したのです。この罪から神様に対する人間の不従順の歴史が始まりました。

 残念なことに、この歴史は現在の家庭の中にも繰り返し起こっています。妻たちが家庭の頭である夫の言うことに従わず、逆に夫を支配しようとする時もあります。このような妻の態度は、子どもたちにも大きな影響を及ぼします。母親に無視される父親を、子どもたちも無視するようになります。父親の権威を認めていないため、父親の教えも受け入れられません。残念ですが、この子どもたちは、学校では先生の権威を無視し、大人になって就職してからは会社の上司の権威に反発してしまい、苦難と屈曲の多い人生を過ごすようになる場合も多いです。少なくとも、子どもたちの前では夫の権威を認め、子どもたちより夫に優先順位を置きましょう。子どもたちの人生が平安で祝福されることを願うならば、彼らが彼らの人生で初めて出会う権威者である父親を尊敬できるように、まず妻が夫を尊重する必要があります。

 それでは、夫の言うことには無条件的に従わなければならないのでしょうか。そうではありません。夫の言葉が神様の御心にかなっているなら従わなければなりません。しかし、夫の決定が神様の御言葉に逆らっているなら、例えば、夫が盗みをさせたり、賭博しようと誘うなら、それに従う必要はありません。

 神様は男女を平等に創造されました。神様は男女を同じく愛しておられます。神様の創造摂理の中で、男女間に高低はありません。しかし、神様が定められた家庭の秩序はあります。家庭の中では夫が家族の頭であることが、神様が定められた秩序です。この秩序を守るなら家庭には平安が訪れ、子どもたちもしっかり育ちます。日本では夫を「主人」と呼びますね。この呼び名のように、夫を主人だと思って従っていますか。そうでないなら、これから従ってみてください。神様が夫を正しく変えてくださいます。愛します。