永遠のいけにえをささげたイエス・キリスト

聖書は大きく二つに分かれています。旧約聖書と新約聖書です。旧約聖書はイエス様がこの地に来られる前の神様の約束と御言葉が記されています。新約聖書はイエス様がこの地に来られ後に与えられた新しい約束の御言葉が記されています。

 旧約時代の人々は、旧約聖書に記された律法に基づいて神様にいけにえをささげました。定められた祭りごとに、また自分が罪を犯すたびに、傷のないやぎ、羊などの動物や穀物を携えて神様に仕える祭司のところに行っていけにえを頼まなければなりませんでした。ところが、イエス様の十字架の犠牲により、毎回いけにえをささげて罪の赦しを求める必要がなくなりました。イエス様が十字架の上でご自分をいけにえとしてささげ、人間に永遠で完全な赦しの道を開いてくださったからです。これについて聖書は次のように記します。

 「さらに、祭司がみな、毎日立って礼拝の務めをなし、同じいけにえを繰り返し献げても、それらは決して罪を除き去ることができませんが、キリストは、罪のために一つのいけにえを献げた後、永遠に神の右の座に着き、あとは、敵がご自分の足台とされるのを待っておられます。なぜなら、キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって永遠に完成されたからです…『わたしは、もはや、彼らの罪と不法を思い起こさない』と言われるからです。罪と不法が赦されるところでは、もう罪のきよめのささげ物はいりません」(へブル人への手紙10:11~18)。

 完全で罪のない聖なるイエス様は、人間のすべての罪を背負って十字架に上られました。神様に逆らって地獄に行く人間のために、イエス様は十字架の上でご自分をいけにえとして神様にささげられました。イエス様のこの聖なる犠牲により自分のすべての罪が完全に赦されると信じる人々には、イエス様がささげたいけにえが永遠の効力を発します。一回で完全ないけにえだったため、それを信じる人は自分の罪の赦しのために毎回いけにえをささげる必要がなくなりました。イエス様を信じる信仰のみで、罪人は永遠に完全な義人になるのです。

 イエスを信じましょう。永遠に義人になります。イエスを信じましょう。永遠に神様の子どもになります。イエスを信じましょう。天国で永遠に生きます。イエスを信じましょう。毎年財産と時間をかけて罪の赦しを求める必要がなくなります。イエスを信じましょう。苦難の中でも忍耐できる力を得ます。イエスを信じましょう。幸せな人生が始まります。イエスを信じましょう。真理を悟る喜びを味わいます。イエスを信じましょう。真の愛を受けます。イエスを信じましょう。十字架で死なれて復活され、罪と死を打ち破ったイエス・キリストが喜んで迎え入れてくださいます。愛します。