よみがえられたイエス様が与えた御言葉

イエス様は約2000年前、十字架の上で死なれました。イエス様の十字架の犠牲により、罪人である人間には自分のすべての罪が赦される道が開かれました。死なれてから3日後、イエス様は死からよみがえられました。罪と死の力に勝利して復活され、イエス様はご自分が神であることを証明されました。イエス様の復活により、人間にも復活と永遠のいのちの道が開かれました。よみがえられたイエス様は、ご自分の弟子たちに現れ、3つのみことばを語られました。

1. 「平安があなたがたにあるように。」
「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちがいたところでは、ユダヤ人を恐れて戸に鍵がかけられていた。すると、イエスが来て彼らの真ん中に立ち、こう言われた。『平安があなたがたにあるように』」(ヨハネの福音書20:19)。

イエス様に従っていた弟子たちは、墓からよみがえられたイエス様に会った女たちの証言を聞きました。しかし、イエス様の復活には半信半疑でした。イエス様を信じる人々に対する迫害があったため、彼らはすべての戸を閉じて恐怖と不安の中にいました。そんな彼らの真ん中にイエス様が忽然と現れ、「平安があなたがたにあるように」と語られました。その後、弟子たちに復活されたご自分のからだも見せました。イエス様のみことばを聞いてからだも確認した弟子たちは、喜びがあふれました。

私たちにも不安と恐怖があります。この不安と恐怖は、復活されたイエス様と出会うと平安と喜びに変わるます。なぜでしょうか。不安と恐怖は罪と死から来ます。罪人は自分が犯した罪によって不安になります。人間はいつか迎える死に対する恐怖を持っています。この世のだれも、なにも、この罪と死の問題を解決できません。しかし、復活されたイエス様は、罪の問題を十字架で、死の問題を復活によって完全に解決されました。だから、人間は罪と死に勝利してよみがえられたイエス様に出会って初めて恐怖が消え、真の平安と喜びを味わうようになります。

2.「わたしもあなたがたを遣わします。」
「イエスは再び彼らに言われた。『平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします』」(ヨハネの福音書20:21)。

不信感と不信仰を捨てた弟子たちに、イエス様は使命を与えます。天の御国の福音を宣べ伝える伝道者として各地に行くことです。ガリラヤで再びイエス様は、弟子たちの使命について詳しく教えます。

「イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。『わたしには天においても地においても、すべての権威が与えられています。ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます』」(マタイの福音書28:18~20)。

よみがえったイエス様に会うと、使命についてはっきりと確信するようになります。その使命とは、イエス様の愛とみことばを世の人々に宣べ伝えることです。

3.「聖霊を受けなさい。」
「こう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい』」(ヨハネの福音書20:22)。

イエス様は弟子たちを悪に満ちたこの世に送る前、聖霊、つまり神様の霊を受けることを命じられました。言い換えると、聖霊を遣わすからその聖霊を待ち、聖霊を受けてから世に行きなさいということです。なぜイエス様は弟子たちに聖霊を受けてから行きなさいと語られたのでしょうか。その答えはローマ人への手紙8章11~17節にあります。

「イエスは死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。ですから、兄弟たちよ、私たちには義務があります。肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬことになります。しかし、もし御霊によってからだの行いを殺すなら、あなたがたは生きます。神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは『アバ、父』と叫びます。御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証してくださいます。子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです」(ローマ人への手紙8:11~17)。

イエス様が弟子たちに「御霊」、つまり「聖霊」を受けなさいと命じた理由は、弟子たちに身体の情欲に勝つ霊的な力を受けるためでした。彼らが福音を宣べ伝えることによって受ける苦難と殉教の恐れに勝つ勇気と恵みを与えられるためでした。弟子たちがイエス様とともに栄光を受ける相続人であることを証しされるためでした。

死からよみがえられたイエス様と出会う恵みが皆さんにありますように。よみがえられたイエス様に会うと不安と恐怖が消えます。真の平安と喜びが訪れます。よみがえられたイエスに会うと神様から受けた使命がはっきりします。それは、イエス様の愛とみことばを宣べ伝える使命です。イエス様が遣わした御霊を受ける恵みがありますように。御霊を受けると、御霊が与える力、知恵、導きによって苦難を乗り越え、イエス様のように十字架の道を歩むことができるようになります。神様の相続人としてイエス様とともに神様の栄光にあずかることができます。愛します。

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