「義人は信仰によって生きる」

今回の福島地震被害支援活動のなかで、心に響いた門札が一つありました。

あるマンションの玄関にあった門札

地震の被害を受けた66世帯が住むマンションで見かけた門札です。名字だけでもいいのに、この方は意識的に自分がイエス様を信じる人であることを知らせしていました。使徒パウロの告白が思い浮かびます。

16 私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。
17 福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
(ローマ人への手紙1:16、17)

使徒パウロは福音を恥とは思いませんでした。福音はイエス・キリストです。だから使徒パウロはイエス様を恥とは思いませんでした。逆にイエス・キリストを自分の誇りとしました。なぜなら、イエス・キリストはすべての人に救いをもたらす神の力だからです。イエス・キリストを信じれば、罪と死から救われるからです。

使徒パウロは「義人は信仰によって生きる」という旧約聖書ハバクク書2章4節を引用して、自分の信仰を堂々と告白しました。イエス様を信じる信仰によって義人である自分は生きて行くと宣べ伝えました。

自分がイエス様を信じているクリスチャンであることを門札にはっきりと書いておいたあの方も、使徒パウロのように確信しているでしょう。「義人は信仰によって生きる」ということを。

私たちはどうしょうか。使徒パウロや、あのマンションに住んでいる方のように、自分がイエス様を信じていることを他の人に誇って堂々と言えるでしょうか。それによる隣人からの迫害や非難や無視を、喜んで受け入れることができるでしょうか。

福音であるイエス様には永遠の救いがあります。神の力があります。イエス様を信じて義人になった私たちには、救いと神様の力が与えられました。これからイエス様を恥ではなく誇りとしましょう。どこでだれに出会っても、私はイエス様を信じるクリスチャンですと堂々と告白できる私と皆さんになりますように。おやすみなさい。