神様が自由に用いられる人

ある大将が戦いに出る時、自分が乗る馬を馬小屋で選んでいます。馬小屋には様々な馬がいますが、早く、賢く、力の良い馬がいます。しかし、この馬は主人の言葉をあまり聞きません。左に行こうとすると右に行き、前に進もうとすると止まります。主人の言葉を聞かずに、自分勝手に動きます。この馬を馬Aとします。もう一等の馬は、早くもないし、力も弱く、特に賢くもありません。しかし、この馬は主人の言葉に従う馬です。主人が止まれというと止まり、川を渡れというと水の中に入ります。矢と、爆弾が落ちる場所に前進せよと行ってもこの馬はそこに出て行きます。主人が命令すると従う馬です。この馬を馬Bとします。戦いを指揮し、戦いを勝利に導かなくてはいけない大将はどちらの馬に乗るべきでしょうか。賢くて、早く走りますが、主人の言葉を聞かない馬Aでしょうか。遅くて、力は弱くても、主人の言葉を聞く馬Bでしょうか。大将は馬Bに乗って戦いに行くはずです。自分の言葉を聞かない馬Aに乗って戦いを指揮することも、その戦いを勝利に導くことも出来ないからです。

神様はイスラエルの民の要求によってはじめて政治的な王を立ててくださいました。サウル王です。サウルは外見も美しく背も高いのに、とても謙遜な人でした。 神様の恵みによってサウルはイスラエルの王になりました。王になったサウルにある日神様が命じます。アマレクと戦ってアマレクを聖絶するように命じます。アマレクを聖絶し、アマレクのすべての所有、つまり、牛も、羊も、ラクダも、ろばもすべてを聖絶するようサウルに命じます。サウルは神様の命令に従ってアマレクと戦い、戦いはイスラエルの勝利によって終わりました。しかし、戦いに勝利したのまでは良かったのですが、残念ながら、サウルは一つの失敗を犯してしまいます。サウルはアマレクの王と民はすべて殺しましたが、良い家畜、脂ののったものなどの良いものは残しておきました。神様は明らかにすべてを聖絶するように命じましたが、サウル王はすべてを殺さず、一部を残しておいたのです。

預言者サムエルがそれを分かるようになりました。良い羊や牛を殺さずに残しておいたのを知られたサウルは神様の預言者サムエルに次のように告白します。「サウルはサムエルに言った。『私は罪を犯しました。兵たちを恐れて、彼らの声に聞き従い、主の命令と、あなたの言葉に背いたからです』」(サムエル記第一15:24)。サウルは神様を恐れるよりも人を恐れ、民が良いものを残しておき神様にいけにえを捧げようというとそれを聖絶せず生かして置いたのです。サウルは神様に良い評価を受けるより、民に良い評価を受けることを望みました。自分を王として立てた方は民ではなく神様であるのに、神様の命令に従うよりも目の前にいる民を恐れ、彼らの言葉を聞きました。

私たちの心の中には私たちを立てて下さった神様を恐れるよりも私たちの前にいる人々の評価と反応を恐れるこのサウルがいるのを見ます。サウルにあった神様の御言葉は、今の私たちにも与えられました。それはなんですか。聖書です。私たちには真理である神様の御言葉どおりに従って行きようとする心があります。しかしそれと同時に神様の御言葉、この真理に従って生きる時にある人々の反応と評価を恐れる心も私たちの中にあります。私たちは人々をおそれ、神様の御言葉に従って生きることが出来ない時があります。弱いサウルの姿が、私たちの中にもあります。

神様が与えられた御言葉この聖書に従って生きる恵みがあるようお祈りします。神様が何を命じてもその命令のままに行う恵みがあるようお祈りします。神様が今皆さんに語っておられることがありますか。その御言葉に完全に従う皆さんになられますよう祝福します。勉強しなさいと言われますか。熱心に勉強してください。職場で仕事を熱心にしなさいと言われますか。最善を尽くして仕事をしてください。隣の家のおばさん、もしくは道ばたにいる物乞いを助けなさいと言われますか。言って助けてください。主人が止まりなさいというと止まり、行きなさいというと行き、主人が時には激しい戦場に行きなさいと行っても出て行く主人が用いやすい馬になりましょう。完全に主に従い、神様の祝福を受け、この世で力いっぱい生きて行く恵みがありますように。愛します。

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